階差

 まさしく階差《DIFF/ERRENCE》と名づけられた妖怪《SPECTRE》が、いまもって徘徊しつづけている。あなたがたがシステムと呼んだものについての、これはふたつのちいさな物語である。
 階差は隠蔽されている(注一)。システムが、機械が、機関が、階差をこそ、その基礎としているにも関わらず。
 階差は隠蔽されている(注二)。
 あなたがたがマイクロソフトウィンドウズと呼ばれるオペレーションシステムのいくつものバージョンのどれか(注三)を使っているとしたら、階差妖怪《DIFF COMMAND》はあなたがたの眼に届くところにはない。 開発環境(注四)を導入してようやく、あなたがたはその権力を手にすることができる。
 あなたがたがマックオーエステンと呼ばれるオペレーションシステムのいくつものバージョン(注五)のどれかを使っているとしたら、それはビーエスディーと呼ばれる隠語が指し示す階層《LAYER》に隠されている。ビーエスディーとは、ユニックスと呼ばれたなにかに似ているなにかであり、しばしば悪魔《DAEMON》 の名において語られるシステムである。人が神に似せて造られたように、しかしだから、マックオーエステンは本物のユニックスになった。
 階差とは、情報の差異である。これとそれを差別し、こことそこを峻別し、システムを駆動するための権力である。その権力は、特殊な秘儀を知るものだけにのみ許されている。その秘儀を魔術師たちはエスシーエム(注六)と呼ぶ。

注一
先刻ご承知のことは思いながら、「あえて」注釈を付ける。「我々」がものする言葉たちがいつでもすくなくともふたつの意を含む以上、ここでは語義通りの階差機関、畢竟、情報処理機械と、資本主義{を/が}駆動するシステムのどちらもが指し示されている。
注二
一昔前、注を予期して項目だけを用意しておいた。なにを言いつのろうとしたのか、いまではもう思いだせないのだけれど。
注三
バージョン《VERSION》という言葉に、くれぐれも注意していただきたい。
注四
組立工《ASSEMBLER》や編纂者《COMPILER》と呼ばれる、システム内部に精通するための特殊なソフトウェアたちのこと。
注五
繰り返しになるが、バージョンという言葉から眼をそらさないでほしい。
注六
この文章を最初に書いた時分、私はサブバージョン《SUBVERSION》と呼ばれるエスシーエムを利用していた。サブバージョンは「転覆」を意味する。しかし、いったいなにを?